| 全100件の内、新着の記事から30件ずつ表示します。 | 1 2 3 4 | 《前のページ | 次のページ》 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| 以上は、新着順1番目から30番目までの記事です。 | 1
2
3
4
| 《前のページ | 次のページ》 |
祖父の話
投稿者:亜弥 投稿日:2009年 5月14日(木)21時32分47秒今日は 祖父が亡くなる前後のお話をしたいと思います
祖父の病室に 何時ものように行くと 祖父の寝巻きが 脱がしやすいように 反対になってました
祖母は「もう 長くないよ」と
そこで 家が散らかってるので 片づけをしなければと 思ったとき 右の耳元で
「今日 明日は 動けるぞ。しかし 土曜日は動けないぞ」
と 低い声で 言われました
そして 片付けに行こうと 祖母と病室を出ると 婦長さんが 止めました
危ないので 付き添っててください と。
私としては 言霊の声を信じていたので 動きたいのですが 病院から言われ 動けませんでした
土曜日になり また 右の耳元で声がしました
「あと 1日 2日 3日でよ」と
私は 土曜日を含む一日なのか 日曜日からの一日なのか 訪ねましたが 返答はありませんでした
それから 私は 葬儀屋さんを 探し 一番安いとこを 見つけること お寺を電話で探し
先祖の祭られてるお寺を見つけました
葬儀屋を探しているとき 祖父の地域の自治会長さんを市から紹介され 公民館があるか 訪ねると その地区に限り 公民館もなく 祖父の遺体安置場所をどうするか 自治会長さんと一緒に動きました
あちこち葬儀屋にも行きましたが 高くて 困りました
そして お寺にも 自治会長さんと行きました
葬儀の話で 相談すると お寺の住職さんは 快く祖父が亡くなったら お寺に遺体を持ってきなさいと
これで 場所の確保は出来ましたが 葬儀屋が見つかりません
私も 以前冠婚葬祭のお仕事の営業していたので 見積もりが高いとか 安いとか 評判なども 耳にしていたので 良心的なとこで と 考えてました
自治会長さんと別れ 祖母に この話をしました
祖父を少し残し 夕方 祖父母の家にいると 自治会長さんから電話があり 私の4件隣のタクシーの運転手している人がいて その人の行ってるタクシー会社のグループが 葬儀屋さんも やってるということで 日曜日 電話をして 月曜日見積もりの話をする約束をしました
日曜日は 祖父は かろうじて 薄目をあけて見れる状態でしたが 月曜日は 誰の顔も分からない状態でした
私の子供を よく可愛がり 気にかけていました
もう息子の顔も見えないだろうと 息子の写真を祖父の顔の目の前に見せると 片目だけ うっすらあけて 見ようとしたのを 覚えてます
その時 後にも先にも 息子が
「おじいちゃん」とひと言言いました
知的障害の重度の息子が 綺麗な言葉 子供らしい声で・・・
それから 私は 職場に顔を出し 帰宅し 葬儀屋さんと見積もりの話をし 病院に帰りました
お寺も 葬儀屋も無事決まり 祖母に話すために お昼 外食しようと出て 病院に帰ると
なにやら 病院のエレベーターを乗る前から 空気が重く感じました
そして エレベーターに乗り 祖父の病室の階で降りると すぐに ストレッチャーが見えました
凄く嫌な予感がしたとき 婦長さんが 飛んできました
13時10分 おじいちゃんがなくなりました と。
まるで 私たちが 出かけるのを待ってたかのように
そして 全て決まるのを待ってたかのように・・・
あの声の主の行ったことは本当だったのです
それから 病院から 祖父をお寺に運ぶため 葬儀屋に連絡したり あわただしく過ぎていきました
友引をはさみ 4日後 祖父は 焼き場で骨になりました
この時 祖父の愛用していたものを いろいろ棺に納めたのですが 一つ 忘れたことを
思い出したのです
それも ふと もう じいちゃんも 灰になっただろうなぁ・・・
そういえば 入れ歯 入れる準備し入れ忘れたことを思い出したとたん
また 耳元で
「入れ歯 入れ歯がない」
と ずっと 耳元で繰り返します
入れ歯がないと 食べれないじゃないか
と・・・
入れ歯 入れ歯。。。
耳元が 凄く煩かったのを覚えてます
祖父の骨壷に骨を納め お寺に帰り 住職にお願いし 入れ歯を骨壷に入れてもらいました
そうすると あの 入れ歯という声は 聞こえなくなりました
祖父がなくなり 生前水墨画とか やっていたので 筆 すずり 半紙 下敷き 文鎮を入れてましたが お葬式も終わり その日から数日間 私の寝てる天井の真上で 何日間か 祖父は 水墨画を描いてました
祖父は 今でも 私や祖母のまわりにいて 見守っていてくれます
夢に出てきたり そばにいたり・・・決して まよってるわけではなく 生前と同じような感じで
私しか 祖父と話すことは 出来ないので 時たま 今でも会話してます
祖父のくちぐせ「ばかたれが」
未だに なくなってもいってます
これを 書いてるときもね・・・
そんなの書くな 馬鹿たれが・・・
じいちゃん ごめんね