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実話ですが

 投稿者:八丁堀  投稿日:2006年 4月22日(土)11時07分7秒
  子供の頃、家の中で不思議な出来事が沢山起こってました。
例えば、みんなが見てる中で誰もいない部屋の電気がついたり、
もともと冗談を言わない姉が「知らない人が鏡に映っている」といって家族全員大騒ぎになったり、
祖母と祖父が、真夜中に庭で足音を何日も続けて聞いたり・・・。
自分はあまりそういう現象には会わない方だったんだけど、ラップ音だけは
物心つく頃から聞こえていた記憶はあります。

そして、自分が小学の高学年になる頃になると、姉はそういう不思議なことが当たり前に
なっていたようで、「この前も大人の男の人くらいのものがドアにすごい勢いでぶつかった」
なんていわれた記憶があります。ちょうどその頃、姉が原因不明の腹痛で登校拒否みたいに
なっていて、今思えばそれも関係していたのではないかと思います。

それから数年後、姉によるとそういう現象はぴったりと止んだそうです。自分もここ数年変な音が聞こえなくなったんで、
「大人になると聞こえなくなるのかなぁ」などと思っていました。


そしてついこの間、この疑問が解決しました。
聞いた祖母の話によると、ちょうど怪現象が止む直前くらいの時期に、
家に一人の見知らぬお坊さん(家の祖母は町のお坊さんは皆知っていた)が来て、
こういったそうです。『あの家から誰かこっちを見てるぞ』

当時、家の周りには昔立てられた古い空き家(長屋)がいっぱいあって、その中の一つ
家に面していた空き家に仏壇がそのまま放置されていたのが原因らしいです。位牌もそのままだったらしい・・・。
で、祖母がお寺の人呼んでちゃんと供養したそうです。今ではその空き家も全部取り壊され、新しい家が建ち
雰囲気もガラリと変わりましたが、今思えば、子供の頃の家での記憶はどれも霞かかっていて、悪夢のようでした。
 

修学旅行

 投稿者:ファントマ  投稿日:2006年 3月28日(火)21時07分36秒
  僕が中3の修学旅行に行った日のことでした、その日の夜僕は友達数人と先生には内緒で近くの川に肝試しにいったんです。最初は「お化けなんて…」と思ってた僕は何も怖くはなかったんですよね、そして僕たちが川原に近くなることに連れ足音がどんどん増えてきて、僕ら以外の何かが僕らの後を付いているんです。そして友達が「やっぱ帰ろう」と言い出しました。僕は「今は帰らないほうがいい」と言うと友達は「じゃあ俺一人で帰る」といい一人で森の中へ走っていってしまい僕はほかの友達と川原のほうへ行きました。さすがの僕でももう無我夢中でそいつから逃げようと必死でもう友達のことなんて頭の中から消えてしまっていて、そして川原に着いた僕が辺りを見回すと居たはずの友達がみんないなくなってしまったのです。そして僕が川のほうに近づくと川の向こう側に友達がいるのです。でも不思議なことに友達は僕の後ろを指差して何か叫んでいるのです、でもその声がまったく聞こえず何を言ってるかわかんなかった、そのとき僕の後ろに何か視線を感じその場から動けなくなりそのまま意識が遠くなりその場に倒れてしまいました。その後はどうなったかはまったく覚えてなくて…ども倒れる瞬間に見たあの顔だけは一生忘れないと思います。  

古い話だが・・・

 投稿者:Funky☆Nakamura  投稿日:2006年 3月26日(日)20時58分29秒
  小さい頃渋谷に住んでた。
その頃の話だ。

真裏が通ってた小学校だったので、いつも塀を乗り越えて通学してた。

とある日曜日・・・。

その晩はお袋も店が休みで、一緒に”怪物君”を見ていた。
するとどこからともなく人の叫び声がする。

「か・・・で・・よ〜っ!」

母は徐に雨戸を開け、その声を追った。

「火事ですよ〜っ!!」

火事だった。
しかも学校がだ。
その声(女性)は塀の向こうから響き渡ってくる。

窓のサンに乗って向こうを見ると、ちょうどうちの真裏に当たる
”給食室”がごうごうと燃え盛っている。
とにかく大事なものを一揃え抱え持ち、避難する事にした。
数十分後火は無事におさまり、我々は事なきを得たがどうしても
得心の行かない事があった。

あの火事を教えたくれたひとって・・・だれだったんだ?
 

山の話

 投稿者:海港気鋭  投稿日:2006年 3月 6日(月)23時16分19秒
  私はある国で勤務している大使館員です。
もちろん、いまは海外からアクセスしています。
今年の夏、家族(妻、子供(5歳、3歳))を車にのせて、国境の山岳地帯に夏休みの旅行にでかけました。
世界でも有名な山の隣町です。
観光シーズンだったのですが、事前にホテルを予約していたので、何の問題もなく旅行を楽しんでいたのですが、
明日そこを出発しようとする日、それは起こったのです。

その日は午前中、ホテルの付近の山を散策していました。
昼になり、家内が突然、○○山(有名な山)を見に行きたい、と言い出しました。
その山はケーブルカーで山頂近くまでいけるのですが、以前一度登ったことがあるので、私は乗り気ではありませんでした。
しかし、家内があまりにしつこく言うので、車を30分ほどとばしてその山まで行ったのです。

ケーブルカーを登っていると途中から天候が荒れてきて視界が悪くなり、ケーブルカーでも休憩所でも観光客は私達だけでした。
それでも、こんなふうに山を独占できる機会はそうないね、と家族で写真をとったりしながら数時間を過ごし、山を下りてホテルに戻りました。

満車に近いホテルの駐車場に車を入れてすぐ、もっと良い場所が空いたので車を回そうとしたのですが、なぜだかエンジンが全くかかりません。
うんともすんとも言わないのです。もう夕方でその日はどうしようもなく、食事をして(最後の日になるはずの)ホテルでゆっくりとしていました。

ところが、どうにも部屋が気持ち悪いのです。
ベッドの上でいろいろと考えてみると、そういえばこのホテルに着いてから妙に寝付きが悪いことを思い出しました。
毎日、毎日、人が死ぬ夢を見ているのです。
隣の家内にそれを話すと、不思議だ、自分も同じだ、と言います。
家内が続けて言うには、このホテルに着いた初日、真っ赤な朝焼けで起きた。あんまり綺麗だったのでもう一度見ようと思い毎朝早く目を覚ましているのだが、
今考えると、窓は北向きで不思議だ。
遮光カーテンを通しても窓のサンが壁に映っていたが、そんなことってあるのだろうか…、と言い出しました。
そこで、びくっとしました。不意に部屋の電話が鳴りだしたのです。とると無言電話でした。時間は12時すぎです。
こわくなってきたので、もう寝ることにしました。

でも、やはり見た夢は人が死ぬ夢でした。
全身汗をかいて目が覚めると、時間は2時半ころ。
うつらうつらしながら考えました。
なぜ、毎日人が死ぬ夢ばかりみるんだろ。もしかしたら、誰かが本当に死んでいるのかも…

そう思った瞬間です。
全身がぞくぞくっとして(こんなことは初めてなのですが)身体がいわゆる金縛りのようになり、目の前が真っ白になりました。
そして光の中から、一人の男の顔が、こちらに近づいてきたのです。
光が強くて輪郭だけしかわかりませんでしたが、30歳前の若い感じでした。
そして彼は私に話しかけるのです。
それが不思議なんですが、早送りの映画の字幕を見ているみたいというか、イメージが目の前に溢れてくる感じでした。
彼は言ったことをまとめれば、次のようでした。
『お前の車は動かない。しばらくウチには帰れないだろうが、すっとここにいなければいけなかった俺の気持ちが分かるか?
俺はお前みたいに子供を持つこともできないうちに、こんなことになってしまったんだ』

書いているうちに、当時のことを思い出して身体が固くなってきたので、ゆっくりと書きます。
この話は、関係者の方もおられる話なので公にするのは不謹慎かもしれせんが、なぜだか多くの方にお話しすることが自分の役割のような気がするのです。
決して事件を面白ろ可笑しく仕立てるつもりはありません。
また、関係者の方がもしこれを読んでおられたら、本当に申し訳ありませんが、ご容赦のほどお願い申し上げます。

そこまで彼が言い終わったとき、ふっと身体の固まりがとれました。
不思議とその直後は冷静で、隣にいた家内に声をかけました。
起きている?今ものすごいことが起きた… そこまで話した時、ふと誰かが窓から見ている気がしました。
窓を見ると、完全には閉じていなかった遮光カーテンの隙間から、真っ赤な街灯が見えます。
街灯?、それは狂ったように窓の周りをぐるぐるとまわっています。ひとだま? 家内と窓を凝視したまま、身体が固まってしまいました。

恐る恐るカーテンをあけると、窓の外はうごめく赤い火の玉で一杯でした。
急にものすごい恐怖心に襲われました。
なぜだか喉が無性にかわいている自分に気付き、置いておいた1リットル近いミネラルウオーターボトルを一気のみしました。
子供は大丈夫だろうか?
急に続き部屋に寝ている子供が急に心配になり、家内と二人で子供のベッドに走りました。
幸い、子供はすやすやと寝ていましたが、もう自分のベッドに戻る気もしないので、そのまま添い寝をしようと寝ころんだ瞬間、
二回目の金縛りにあい、光の中から再び彼が目の前に現れました。彼は言いました。
『山に登る人間が、山で死ねば本望だというのは嘘だ。自分は早く日本に帰りたかったんだ。』

突然電話のベルが鳴り、私は正気に戻りました。
隣では家内の顔が恐怖でひきつっています。
電話をとると…やはり無言電話でした。そして三回目の金縛りにあい、今度は彼は言いました。
『いろいろ迷惑をかけてすまないけど、僕(俺でなくて僕と言いました)は本当は悪い人間じゃないんだ』

金縛りが解けて、私は家内に言いました。
悪い人じゃないって言っているよ…
言った瞬間、ビシビシビシと部屋中から家鳴りがして、家鳴りは朝まで続き、ほとんど眠れないまま家族で夜を明かしました。

翌朝になって、ホテルのフロント頼んで車の修理業者を呼んで貰いました。一応念のためフロントに確認しましたが、
やはり誰も私の部屋に電話しなかったということでした。
昼近くになっても車は直りません。その日は午後にも出発し次の目的地の海岸に行く予定でしたので、
修理業者に確認すると、故障している理由が判らないといいます。
ようやく夕方になって修理業者から電話があり、車の鍵穴が壊れていてスターターが回りっぱなしになり焼き切れている、
何か無理なことはしたのか?、部品を取り寄せるから修理には2日かかるということでした。
ホテルの方は、なぜだか私の次に同じ部屋に泊まる客が体調不良でキャンセルになったとのことで、再び同じ部屋に泊まることになりました。

幸いその後の2日間は何もなく、車もどうにか直って、2日遅れで次の目的地の海岸街に着きました。
その街で、別途休暇を取っていた同僚一家と一緒になり、食事を共にしながら2日前の出来事を話すと、彼は青くなって聞き返しました。
「それって何日のこと?、君知らないの?、その日、遭難していた日本人登山者の遺体が30年ぶりに発見されたんだよ。」
ちょうど家族でケーブルカーで登った山から、全く同じ時間に、氷河の中から日本人登山者の遺体が発見されていました。
遺体は約30年かけて氷河とともに1000メートル下り、地元の警察に発見されたのでした。その方のお名前は、私の長男の名前と同じでした。
同僚は強く言いました。 「今、地元の総領事官が遺族と連絡をとっているが、この話は担当者に話しておいた方がいいと思う。何だかそんな気がする。」
しかし私は、こんな話を皆にすればするほど何だか自分が馬鹿に思われそうで、同僚の忠告を話し半分に聞いていました。
翌日、海岸で子供を遊ばせている頃には、その忠告のことはすっかり忘れていました。

予想外のトラブルがあったため、明日はもう休暇の最終日。海のバカンスはたった一日だけでした。
家族とホテルのテラスで夕食をとりながら、それにしても不思議な旅だった・・・と振り返り、でもまあ、あまり人に話すと変だと思われるから
地元の総領事館に電話するのはやめておこう、と話しかけた瞬間、ズボンのポケットに入れておいたカメラが足下の砂浜に落ち、
綺麗に真っ二つに割れました。海の休暇の写真はダメになってしまいました。

おいおい、と思いながら夕食を終えてエレベーターに乗り込むと、ボタンを押してもないのに動き出し、開いた扉の目の前には、山のホテルと同じ部屋番号がありました。
家内はすでにそうとう怯えていましたが、何とか気を取り直し、翌日出発しようと車の鍵を回すと…動きません。
何度やっても動きません。前と同じ症状です。いやもっと酷いようです。
ホテルを通じて修理業者を呼ぶと、予想していたとおり巨大な力で鍵穴がねじ曲がっていてスターターが粉砕されている、酷い状況なので修理には数日かかる、ということでした。

電車で家に戻ろうと駅に問い合わせても翌日の便しかないとのこと。
どうしようもないと諦めて、職場の大使館の上司の許可をとり、休暇を一日延ばすことにしました。
そしていろいろ考えるうちに、もしかしたら総領事館の担当者に連絡を入れないからいつまでもこんな目に巻き込まれているのかもしれない、
被害者は遺族に自分のメッセージを伝えたいのかもしれない、と思うようになりました。

翌朝一番で総領事館に電話をしました。
休暇中の職員が多い中で、残っている担当者はこの案件でてんてこ舞いのようでした。幸い知り合いの領事が担当でした。
これまでの経緯を話したところ、相当驚いており、数日後に遺族の方がこちらに来るので話しておく、と言われました。

そして電車を使ってどうにか家へ戻りほっとしましたが、車は修理工場に置いてきたままです。
3日位で直るというはずが、何日たっても直りません。毎日催促しているうちに、工場の担当者が「注文した部品が届いたが、
みると箱の中が空だったので再注文している」などと言い出す始末です。
そんな中、総領事館の担当者から電話がかかってきました。
2日後にご遺族がこちらにくることになったが、ご遺族は君と話したがっている。どうやらご遺族も日本で不思議な体験をされているようだ、との連絡を受けました。

そしてご遺族が当地に来られる前の日のことです。
夜も12時になろうという時、一本の電話がかかってきました。
起きていた家内が電話をとり、しばらくして青い顔でやってきました。
何か変な電話。無言なんだけれど、電話の向こうからウチの中の音が聞こえる…。
私がかわって聞いてみると、たしかに、ウチには変わった音のする時計があるのですが、その時計がなる音が電話の向こうからします。
しばらく家内が我慢比べのように電話を聞いていましたが、突然、ひやぁ、と素っ頓狂な声をあげました。
低い男の声で「さよなうなら」って言われて電話が切れた、というのです。

翌朝、修理工場から、車が直ったとの連絡がありました。
出来過ぎたような話ですが、電車に乗って取りに行くと、確かに直っていました。
その後、総領事館のはからいで、ご遺族の方と電話で話しました。
遭難者のご両親は既に亡くなり、弟さんと、当時一緒だったパーティーの方が来られていました。
遭難者は当時20歳代前半の方でした。

ご遺族の方に一通り体験したことをお話しすると、しばしの間のあと、今日は彼の言葉が聞けて本当によかった、
自分たちがもう遺体を引き取って帰るのでご安心下さい、とのことでした。
当時、浮き石に足を取られて滑落した被害者は、大きなクレパスに落ちたそうです。クレパスは非常に危険なため、クレパス中に食料一式を落とし、
救助活動は即日打ち切りとなったそうです。

一緒に滑落し、ロープに腕がひっかかって助かった当時一緒のパーティーの方は、今までなんともなかった腕が今年の滑落した日から突然腫れ上がったが、
ミイラ化した遺体と対面して、腫れがうそのように消えた、とのことでした。
中には、夏頃日本に帰るから、と本人が夢枕に立った方もおられました。

それからは、私の身の回りには何も起きていません。
なぜ自分がこのような目にあったかは良くわかりませんが、自分の「役目」は果たせたような気がしています。
 

ちょっと違うかなw

 投稿者:つかさ  投稿日:2006年 2月 6日(月)01時14分38秒
  心霊じゃないけどさ・・・・・不思議は不思議なできごと。

小学校低学年の頃。家の近所に市電、つまりちんちん電車が一両捨てられていた。
原っぱの一角に錆びだらけで放置された車両。今考えてみればちょっと薄気味悪いが、当
時の子供たちにはかっこうの遊び場だった。
子供のよく作る秘密基地、この車両も当然ながら秘密基地化していた。その日、私はひと
りで秘密基地で遊んでいた。いつものメンバーがほかで遊んでいることは知っていたがな
ぜか猛烈にここに来たくなったのだ。
ひとりということで妄想全開で遊んでいると、急にひとりの女の子がはいってきた。同じ
くらいの歳の子だが見たことのない子だった。

そして入ってくるなりこう言ったのだ。
「あっ、ほんとにいた!」
普通、この手の話だとこの女の子が実は……ってなことになるのだが、昨日引っ越してき
たばかりの「生身の」女の子だった。歳も同じ。彼女は続けてこんなことを言った。
「昨日夢を見たの。きれいな女のひとが、古い電車を見つけることができたら友達ができ
る、って言う夢」
夢を信じ、来たばかりで右も左もわからない街で電車を探してまわったそうだ。そんなも
のがあるかどうかもわからないのに。
でも原っぱでほんとうに電車を見つけ、ほんとうに同い年の私を見つけたのだという。
「友達になってくれるよね」
不思議な出会いであるが断る理由はなかった。

彼女とは現在もつきあいがある。
というか……今私の嫁になってます。
 

かごめの話

 投稿者:Funky☆Nakamura  投稿日:2006年 2月 6日(月)00時51分23秒
  かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?

日本人であれば一度は聞いたこともあろう、童謡”かごめかごめ”である。
数々の仮説が成り立つ面妖な歌なのだが、実はこれには二番と三番が
ある・・・というのだ。

今一度その”内容”をご覧頂きたい。
実に気味の悪い”仕立て”となっている事に気付かれるであろう。
<夜明けの晩>
<鶴と亀が滑った>
<後ろの正面>
鶴と亀が・・・に関しては、どちらも”縁起物”であるだけに
”良からぬ事”というフレーズが当てはまる。
そして正反対の事柄をぶつけた<夜明けの晩><後ろの正面>である。

しかし私がこの歌の中で一番気にかかる部分は、最後の一句「だぁれ?」だ。
誰にいて欲しかったのだろう・・・。
いや、誰がそこに居るべきなのであろう・・・。

情報求む!!
私は寝るっ(寝るんかいっ)!

写真はリアルモキュモキュ(爆
 

寒くなったね

 投稿者:Funky☆Nakamura  投稿日:2005年11月20日(日)01時14分6秒
  なんだかここも閑散としてきたな  

いやあのね・・・

 投稿者:Funky☆Nakamura  投稿日:2005年10月10日(月)13時50分23秒
  なんだか・・・ではなく非常に嫌なんだけど・・・  

いかがです?

 投稿者:仮面帰属  投稿日:2005年10月10日(月)00時39分19秒
  なんだかいやでしょ?  

やっぱ怖いのは家だよ

 投稿者:仮面帰属  投稿日:2005年 9月15日(木)01時28分44秒
  前に家を建て替えたときに、変わりに住む家を探していたときのこと。

母が格安の一軒屋を探してきた。
月7000円でいいと言われたらしい。(安っ!)
さっそく下見を兼ねて見に行ったら、決して新しくはないものの
今では珍しい回り廊下に障子つきの、なかなか広くて立派な日本家屋だった。

すぐに契約することに決めて、つぎの日の午後、さっそく掃除をしにいった。
長い間ほったらかしにされていたらしく、掃除はなかなか終わらず
ようやく最後のトイレを残すだけになった頃には、時刻はもう夕方を過ぎていた。

トイレのドアを開けたとたん、母の目に飛び込んできたのは
天井や壁一面の御札、御札、まさに御札の山。
トイレの四方八方、すきまもなく、ぎっしりと貼られていたらしい。

ガクブル状態でふと外を見ると、庭の四隅にそれぞれほこらが建っており
それらがすべてトイレの方角を向いていたとか・・・。

もちろん契約をソッコーで解約したのは言うまでもありません。
そこは今では駐車場になっています。
場所は千葉県流●市。
 

私も北海道の話

 投稿者:ちりちりチーズ  投稿日:2005年 9月 9日(金)01時13分39秒
  石狩市樽川の林のほうにある小さな神社・・・その隣にある古臭い公民館に何かがいる。
昔中学生だったころに学級レクでそこを訪れたんだけど霊感のある子が突然具合が悪くなりだした。
その子は先生公認の霊感の持ち主だった。
きもだめしをしていたからみんなぱにくって帰ることにした。
んでその神社のおじぞうさんにふと目をやると・・・

頭がきれてる・・・。

もろくなっておれたとかじゃなくてすっぱりきれてるんです。
さすがに怖くて触れませんでしたがものすごいキレイにすぱっときれてました。
となりのおじぞうさんの頭もなんだかまがっていました。

今思い出してもものすごく怖い体験です。
 

北の都で・・・

 投稿者:こてこての蝦夷っ子  投稿日:2005年 9月 9日(金)00時48分7秒
  私は、愛知県に住むものですが、今年の8月6日から8月12日まで(フェリーでの移動を含む)、私、母、叔父の3人で北海道を旅行しました。
グランドホテルニュー○子、奥田○、天○閣、ノイ○ュロス小樽の順番で泊まりました。
その内、奥田○とノイ○ュロス小樽で怪現象がありました。

奥田○では、16帖ぐらいの2階の和室で泊まりました。叔父、私、母の並びで眠る事になりました。
私が寝る前に天井を見ていたら、黒いオーブのようなものが、スーっと流れて行くのが見えました、「あっ、なんか居るな」と思いましたが
とりあえず、無視して寝る事にしました。深夜に目が覚めた時、カタカタ音がしましたが、やはり、無視して寝ました。

翌日、車の中で叔父が、「お前の方の天井あたりから、カタカタ音がして眠れなかったよ。」と言われました。
やはり、ホテルの部屋をデジカメで撮った記念写真にオーブが、写ってました。

ノイ○ュロス小樽では、赤岩山寄りの5階の一番端の部屋に泊まりました。母に頼まれて、窓際で、母の写真を3枚ほど撮りました。
パソコンを持ち込んでいたので、すぐチェックしました。そしたら、結構大きいオーブが3つ写っていたので、ヤバイと思いました。
その部屋は、ベットが2つの、窓際の床がちょっと高くなっていて、そこに布団を敷いて寝るようで、部屋に着いた時に、既に寝る場所を
叔父(ベット)、私(ベット)、母(布団)と決めてしまっていました。それとなく、母に「寝る場所代わろうか?」と言いましたが、
「ええわ、ここで寝る」と断られました。(写真の事は、母は知りません)
深夜になり、叔父の方からカタカタ音がし始めた頃、やはり、母がうなされだしました。とりあえず、様子をみていたら、激しうなされ出したので、
起こすことにしました。「大丈夫?」と聞いたら、「ドン、ドンと海の方(窓際)と壁の方から音がした」とおびえていました。お守りを渡しました。

それから、しばらく様子をみていたら、母の方の壁からバキッと大きな音が、聞こえてきました。そしたら、母が目を覚まし、「もう、いややわ!」と
小パニック状態になったので、とりあえず、落ち着かせて「寝る場所代わろ?」と言ったら、「ええわ。」とまだ断るので、布団をベットに
に近づけて(布団とベットの間に低いテーブルがあったので)なおかつ、落ち着くまで電気を付けていました。やっと、落ち着いてくれたので、
もう寝ていいか母に確認をとってから、寝る事にしました。寝る前に一応、早九字を切りましたが、効果はなかったようです。
私が寝付くまでに、右足のお尻からふくらはぎにかけて痛みが走りましたが、私は、気にせずに寝ました。

翌朝、母に聞くと、「あんたが寝てから、また壁からバキッと音がしたわ」と言ってました。それと、隣の部屋も同じだったらしく、奥さんがうなされていて
「○○子、大丈夫か?」と3回聞こえてきたそうです。叔父も、カタカタ音がして怖かったけど、バキッて音はわからなかったそうです。
叔父は、右足のふくらはぎ、母は、右足の脛とふくらはぎが、痛くなったそうです。(なんでだろう?)

家に帰って、ネットで調べたら、ノイ○ュロス小樽って、小樽の心霊スポットのホテル天○閣の跡地に建てたホテルだったのですね、そりゃ出るわ〜。
グランドホテルニュー○子もやばいらしいし、(ニュー○子は、シャワーを浴びている時、すごく気持ち悪かったです。実は、天○閣でもオーブが写ってました。)
北海道あなどれないぜ。

あと、フォローしときますが、霊感がない人には、食事もおいしいし、良いホテルでしたよ。

乱文、長文で失礼しました。
 

聞いて下さい

 投稿者:カイエ一号  投稿日:2005年 9月 8日(木)00時37分48秒
  生まれ育った町のはずれには、古墳群と城跡があった。
周囲が丸い形の、こんもりした木立がいくつも並んでいるのが
古墳群で、そのすぐ近くの小山の頂上一帯が城跡だった。

中学生になる頃までは、宝探しと称して、土器などを古墳から
掘りかえして遊ぶことも多かったが、城跡の方には
落城にまつわる嫌な噂がいくつかあり、あまり寄り付かなかった。

城の水の手を切るための情報をもたらした地元の老人を
殺害したせいで、井戸が血で満たされたとか、
最後の最後まで抵抗した城主一族の怨念が今も残り、遺構の調査が
できないとか、洞窟に閉じ込められて殺された武士の子供が、
同じ年齢の子供を引きずり込むとか、そんな噂だ。

宅地開発が始まり、古墳はあっという間に更地にされた。
城跡については、その山全体を城址公園として整備する事になった。

きれいな公園が完成した直後、怪我人が続出した。

城跡の中でも、とりわけやばいとされていた一角からは、城の基礎にされたらしい
整然と並んだ石が出てきていた。
山林だった頃、夏でもまるで蚊が居なかったのがその一角で、
度胸試しに乗り込んだ子供たちの間でも、城にまつわる噂の
正しさを示す、ひとつの証拠とされていた。

公園では、転んで前歯を折るという怪我がやたら多かったが、
落城後、城主の首実験中をしていた新興大名が噛み付かれ、
その生首から歯を全て抜いたせいだと、俺たちは触れ回った。
生首が噛み付いたというのは俺たちの脚色だが、
生首から歯を抜いたというのは、地元に残る噂だった。

誰が調べ、どう結論付けたのか知らないが、野ざらしに
されていた城の基礎は埋め戻され、周囲は柵で囲われた。
小さな祠も作られた。
柵の周辺にはいつも花が供えられ、城が落城したと伝えられる
日には線香も焚かれる。

それでも相変わらず、線香があろうとなかろうと、
その一角には蚊がいない。
 

山の話

 投稿者:たんぐるうっどっど  投稿日:2005年 9月 8日(木)00時13分40秒
  まだ小学生の頃、お母さんについて山菜とりにでかけた時のことです。
自分はどの草が山菜なのかわからないので暇を持て余し、山の上の方へ少しずつ散歩してました。
何か面白いもの落ちてないかな〜と、土や葉っぱ、花などを見て歩いているうち、いきなりリスが出てきました。
初めて野生のリスを見て興奮して、捕まえようとした時、そのリスがゆっくりまばたきしたのです。
その次の瞬間、自分の頭の中に直接話し掛けるような感覚がありました。
リスが、「私たちの分まで持っていかないでくれ」的なことを言ったのです。
(細かいセリフまでは憶えてません…)
そしてまたゆっくりまばたきしたかと思ったら、そのリスはすぐ逃げていってしまいました。
とにかくあたしは「いっぱい持って帰ったらダメなんだ」とだけ思ってお母さんの所に戻り、あった事を伝えました。
そうしたら「…あら、そう!じゃあ今日はコレだけにしておこうね」とだけ言って、
スーパーのビニ袋半分くらいで山菜とりをやめて、その日は帰りました。

全然怖くないのですが山の話でした。幼稚な文章ですが…。
他にもこういう小さいネタがちょこちょこあるのでまた来たいと思います〜
 

帰れない道

 投稿者:つかさ  投稿日:2005年 9月 7日(水)01時05分47秒
  ある日残業して、帰りが遅くなってしまい。
早く帰りたかったので仕方なく、近道の例の裏道を自転車で通る事にした。
通る度、散々嫌な思いをしていたので避けていたが、俺はとにかく早く帰りたかったのだ。
俺は岩槻駅前にある、駐輪場から自転車を出し、駅前の道を真っ直ぐ進み、りそなの十字路を右に曲がり、順調に例の裏道までたどり着いた。

頼む、早く帰らせてくれ!俺は願いながら、自転車のペダルを強く踏み込み、全速力で裏道を走った。
よし!何も起きない、このまま左に曲がって、20mぐらい走り、旧16号に出れば自宅はすぐ近くだ!
スピードを落とし、左に曲がった、その瞬間言葉を失った。

…旧16号がない!

俺は、夜間なるべく裏道を避けているが、昼間は近道なので裏道を度々使う、知らない道ではない!
しかし知っている道を左に曲がったはずが、20m先は、先の見えない土で出来た一本道、道の脇には、間隔をあけて、おじぞう様が列んでいる…
は?びっくりして振り返ると、そこは先の見えない土で出来た一本道、道の脇には、間隔をあけて、おじぞう様が列んでいる…
?今曲がってきたはずの、裏道がない!
さっき迄遠くの方から聞こえていた車エンジン音が聞こえない…

俺は落ち着く為、その場で煙草をニ本吸った。
落ち着くなんて無理だった。
俺は、自転車に乗って旧16号方面に向かって走る事にした。
しかしいくら走っても同じ一本道、外灯がないので自転車のライトと月明かりが頼りだ。
時々おじぞう様の横で線香が小さな赤い火をともし、燃えていた。
走っていると風車の回る音が、カラカラと耳についた。
あれからどれくらいの距離を走ったのだろうか?
前に進むのを諦め、戻る事にした俺は、後ろを向いた。
丁字路!?一瞬のうちに風景が戻った!外灯があまりに明るくて、ビックリした。足元を見ると、綺麗なアスファルトの道路だった。
すぐ近くに煙草の吸い殻が2本落ちていた…
俺は急いで裏道に戻り丁字路を左に曲がり自転車のペダルを強く踏み込み、全速力で裏道を走り、裏道を抜け、難とか家に帰った。
俺はスーツを脱ぎ捨て、ベットに飛び込み、あっという間に寝た。
朝目覚めた俺は、昨日体験した事は夢だったのではないか?と自分の記憶をうたぐった。
しかし、スーツを着たときに線香の臭いがプーン鼻をついた…
俺はその日以来、夜に例の裏道を通るのをやめた。
 

アパートの話

 投稿者:吸収男児  投稿日:2005年 7月16日(土)09時48分54秒
  若かりしころに居候した友人宅アパートの話
私鉄=ドラマの舞台にもなった駅から徒歩10分くらい、6畳、風呂、トイレ有
月5万、立地条件的には格安。でもすご〜く古い、築20年以上と思われる。
同居まえにそこは「出る」らしいと聞く。ただし、その本人は全く感じないらしく
全て過去にその部屋に寝泊りした友人達の体験で、まとめると
「どうやら女らしい」「話し声が聞こえるらしい」「外(隣の家)に面した壁から出てきた」
といった感じ。怖いかもって思ったけど他に行くところもないし
「出る」といわれてホントに出るとも思わないし居候することに決めた。

そんな話を忘れて、ひと月位たったある日の事、昼寝をしていたところ金縛りに。
さらに耳元でボソボソと喋る声、わりと無機質だが何を言っているのかは分からず。
目は開かないなぁなんて思ってると、唐突に胸の辺りをまさぐられはじめ、そのままその手は下の方へ。
「うわっ、ちょっと待ってよっ!」と思った瞬間カラダが自由になり起き上がった。
まっすぐおりたその手の行った先には…あろう事か股間!
しっかりと、そこには今さっき触られた感触が残っていた。

夕方帰宅した友人に話すと「きっと気に入られたねっ」と明るく言われた。
「だって君の前に居候に来た事があるA(共通の友人)、アイツは出てけって言われてでってたよ。」
へぇ、それは知らなかったなぁって思ったが、Aの異常とも言える行動(Aは変質的潔癖症)を考えてなんとなく納得した。
「嫌われるヤツがいれば、好かれるヤツもいるよね。」って。怖いと思わなかったが、だからといってエロい気分になる訳もなく。
その後、特に怖いと思ったことはなく、半年ほど住み、友人と一緒に退居した。
なにより唯一の窓は高い塀にさえぎられ暗いし、そこ向こうは線路で、すぐ側に踏み切りがあり
始発駅近くで朝早くからとにかく煩い、電車通過のたびTVの映りは最悪で、住み心地自体劣悪で。
怖くも無く、出る理由も、自殺があったとも、なにか事件があったとも、わからない話でしたm(_ _)m

10年たったけど、まだあるのかな。似たような経験したことありますか?
 

お久しぶりです

 投稿者:  投稿日:2005年 7月16日(土)02時50分11秒
  小学生の時、いつも二階の部屋で家族四人で寝てたんだけどある時、自分一人で寝てみようと思って
同じ二階にある、いつもは勉強机やら母親の化粧台やらが置いてある部屋で布団引いて寝てみたのね。
そしたら夜中に急に目が覚めて、目が覚めたと言っても、もんのすごく眠くて目も開けられないと言うか、
無理矢理起こされた感じ。そんでもって体が動かない…。
その当時、自分金縛りなんてもの知らなかったから、ただ

「????」

って感じで、そのままにしてたんだけど、金縛りになったと同時に部屋に誰かが入ってくる気配がして、
こっちに近づいてきたと思ったら、ソレが思いっきり顔を近づけて来て、それこそキスするんじゃない
かってくらいまで近づけたと思ったら、また離れて部屋を出てったんよ。
んで、それと同時に自分の意識も遠のいて、目を開けたら朝になってた。
当然、家族に聞いてみたけどそんなことしてないって言うし、その事以降もその部屋で寝てみたけど、
何もなかったから、自分の気のせいなのかなと思ってたんだけど、五年くらいして、その部屋を妹が
一人部屋として使う事になって、その部屋で初めて寝た夜、自分と同じ事になったらしいw
でも、妹もその日以降ソレが出てくる事はなかったし、自分も妹もソレに遭遇した時、なぜか全然怖く
なかったんだよね。まあ、眠くて何も考えられなかっただけかもだけど…。
ちなみにその部屋、増築した部屋なんだけど鬼門の位置にあるわけでもないし、物が多くてごちゃごちゃ
してるけど日当たりはよかったしなあ。
強いて言えば、その部屋の下に仏壇と神棚飾った部屋があるんだけど、関係あるのかな。なんかそういう
ものがある上に部屋作るのよくないと聞いたもんで…。
対して怖くない上に、長文スマソ。
 

はじめまして

 投稿者:メルトダウン  投稿日:2005年 5月29日(日)23時15分43秒
  これは自分が原子力発電所の下請けで働いてた時の体験です。
出張で北海道の泊村に行ったんですが会社の寮が元病院でした。
まあ元々霊感が無いので別に怖いとわ思いませんでした。
で、いつものように部屋で寝ていると物凄く怖い夢を見ました。
看護婦のおばちゃんが手術で使う銀色のタライのようなもの(消毒液が入っていてメスとか入れるもの?)を
シャカシャカ洗っています。
で次の瞬間おばさんが「ギャーーーーーー」といってタライをガシャーーーンと落とします。
でびっくりした俺は「はっ????」っと目が覚めたんです。いつもなら「なんだ夢かーーーーーーーーーー」で終わるんですが、
その時は違ったんです。タライを洗う音が1階の方から聞こえてるんです。
(ちなみに俺2階)夜中の3時位に・・・・・・おかしい。明らかに聞こえるんです。
でめちゃくちゃ怖い俺はそこで金縛りになりました。
で左後ろに女の人がいるんです。白っぽい服きたひとが・・・・うわーーーーやめてくれーーーと思ったけど
すぐ金縛りも解けて女もいなくなった。
後で地元の人に聞いたら手術室があったとこからその音が聞こえてきてた。
怖かったです。
 

ドアの外

 投稿者:つねひさ  投稿日:2005年 4月 3日(日)14時09分45秒
  それは、僕が試験日の夜に起こったのです。
妹がいるのですが、夜一緒に部屋で寝ているとドアの外から、ドタンッドンドン。ドスン
とまるでシーラカンスが家の廊下で暴れているかのような音と、家の二階だけ(しかも僕らの部屋だけ)が地震でも起きたかのように揺れていたのです。妹は見えないし感じないほうなのですが、やはりドアの外に、なにかいる・・・と言って無視して寝ようとしている僕に助けお求めてきました。
中にはいられるのはごめんだったのでドアに僕お手製のお札を貼り付けて結界をはり、その日の晩は寝ていました。しかし部屋に入ってこれないせいなのか、その夜は三回ぐらい地震と大きな音は繰り返されました。
朝、部屋を出てあたりの壁をみると壁に何かぶつけたような黒いしみが残っているだけでした。ドアの外にいたものはなんだったのだろう・・・・
 

百物語の実験で 後編

 投稿者:am  投稿日:2005年 1月18日(火)16時48分49秒
   目を開いて見回すと腕に点滴され、鼻には酸素吸入器が付いていました。
 私は自分でも何故この状況になったのか解らないのでうろたえましたが、医師と親から聞いた事を総合すると。私は午後5時30分前に玄関で倒れて今まで入院していたと言うのです。
「あれ?」と思いましたが。実際に8時過ぎには百物語に参加しようとしていたスタッフなどが「どうして来なかった?」的な電話をしていたそうですし。実際には、主催者の私が1時間過ぎた7時なっても来ないので、自主的に解散していたのです。
「今までのは夢だったのか?」と思いながらも、過労で倒れただけの私は百物語を行う予定だった日の次の日は午後に退院して。私服に着替えていました。その時、ズボンからたくさんのライターが出てきました。
 たくさんのライターは全てガスが無くなっており、空でした。
 私は「よく、この手の話には夢かと思ったらそうでない証拠があるなんてパターンあるよなあ」と思いながらもひょっとして行っていたかもしれない証拠を探そうと思いその日来ていた上着や財布まで調べました。
 すると、レンタルビデオの会員カードのスタンプが一つ多いのです。
これはあの日にビデオ借りていなければ押されてない筈なのです。
 しかし、肝心の借りたビデオがありません。
 自分の記憶を辿ると一度校舎から出た後に忘れ物のビデオを手に取ろうとした時に記憶が途切れているので年の為に校舎へ向かう途中にあるレンタルビデオ店に向かいました。
 記憶では当日ここでアパートの鍵貸します」を借りているのですが、それが間違っていないらしく。貸し出し中でした。更に裏付けが欲しかった私は店員に調べてもらい、私が当日ビデオを借りたか調べると、ちゃんと借りていました。
 私は病院のベッドにいた筈なのに私はここでビデオを借りているのです。
 自分でも訳が解らなくなってきました。
 でも、もしかして百物語を行おうとした教室に決定的な手掛かりがあるのではと思い、校舎へと向かいました。
 校舎へ着いた時には既に4時半になっていたでしょうか、だんだんと暗くなり始めていました。本能的に暗くならないうちに教室へ向かったほうがいいだろうと考え急いで教室へ入り、前から縦に2列目、窓から横に2列目にある自分の座席の机を調べました。
 ありました。
 取り出してよく見ると、当日の5時半過ぎに借りた事を証明するレシートとその時借りたビデオがありました。
「私は本当はここへ来たのでは?」と思うようになった私はもう1度証言を集めて
見ましたが。「私は来なかった」「5時半前に玄関で倒れていた」の二つしか得られませんでした。
 未だに自分はどうしてこんな事になったのか分けが解りません。
 それと余談ですが。長々としたうえに支離滅裂なこの話を最後まで読んでくれた方々には感謝します。
 

百物語の実験で 中篇

 投稿者:am  投稿日:2005年 1月18日(火)16時44分47秒
   激しく叩く音でびっくりしたのと同時に正気に戻った私はゆっくりと迫り来るもののけに向かって眼鏡を外しました。やはり、予想通り乱視で視力の弱い裸眼でもはっきり見える。つまり、これは昨日から企画会議とは名ばかりの馬鹿騒ぎで寝てないのと恐怖から来る先入観から脳が見せた幻覚に過ぎないと確信した私は怖くておっかなびっくりながらもゆっくりとそして堂々ともののけに向かって歩み寄りました。
 もののけとの距離が近づき接触する距離でも歩みつづけると私はもののけからすり抜けてしまいました。
 例えるなら立体映像を通りすぎたような感じでしょうか。
 ちなみに、通りぬけたときには冷たい感触も何もありませんでした。
「やはり幻覚だ」
と確信した私は難なく教室のドアを開け、廊下に出ました。
 教室の出来事にまだ怯えながら長い廊下と階段を進んでいきますが、何も出ませんでした。
「もうこれで終わってくれ」
と願いながら下駄箱から靴を出して外へ出て、後門へと向かう途中にうずくまっている女性がいました。
 そこを通らないと校門から外へは出られないのでしょうがなく「ちょっとごめんよ」と一声かけてからまたいで通りすぎました。
 やっと外へ出た時に初めて気が付いたように後ろを振り向いて見ました。そこには無人の校舎のみが映っていました。
ほっとしたのと同時に心配になってきました。参加者を取り残したまま一人だけ出てしまったので、参加者の安否が気になってきました。怖くないと言ったら嘘ですが言いだしっぺの私だけ助かっては申し訳が立たないと思い再び後者へと向かいました。
 その間何事も起こらず教室に入るとそこには誰もいません。「帰ったのか?」と狐につまされた思いで教室を見回してから自分の忘れ物のレンタルしたビデオを持って行こうとした時で記憶が途絶えてしまいました。
 

百物語の実験で 前編

 投稿者:am  投稿日:2005年 1月18日(火)16時39分24秒
   私はオカルトに懐疑的な人間で、高校生時代にはそのスタンスでいろいろと超常現象の種明かし企画ビデオを作っていました。
私が最後に作ろうとした企画は当時PCエンジンのソフトの中でも我々の間ではカルトな人気だった「百物語」を本当にやろうと思い。高校生活最後の終業式の終えた人気の無い教室に午後6時集合で私を含めた固定メンバー4人と興味本位な参加者達で実際に百物語をしたらどうなるか実験してみたのです。
 ちなみに、6時と設定したのは一人6分話したとしても、合計600分の10時間以上かかるわけで長い話もあるだろうから丑三つ時に間に合うように余裕を持って私が6時にしたのです。あと、話が途絶えないようにそれぞれ恐怖体験談の本を持参するようにとも半ば命令で持って来させました。
一方、私自身は怖い話収集家であると言う自信から校舎に行く途中にレンタルビデオ店でビリー・ワイルダーの名作「アパートの鍵貸します」を借りてそのビデオを脇に抱えながら向かいました。
 校舎の3年の教室には私の予想を上回る人数が揃っておりました。私の予想では下手すると固定メンバー4人のみで行う可能性のほうが高いと思っていたのに合計で10人はいたでしょうか。
 早速、百物語が始まりました。本当は蝋燭を百本揃えたかったのですが、そんな財力もないのでたくさんのライターの火を終る度に消していく事になりました。私を除く参加者はとっておきの話など一つか二つしかなく、それ以降は殆ど朗読会状態でした。ライターが照らすほのかな明かりの中、12時に近づいてきてやっと90話が終わり。みんな話しのネタが無いので皆私の顔をうかがうようになりました。
 折角の百物語にあと10話で終了するのにここで終わる訳には行かないと思い私と対照的にあっちの世界の体験が多い自分の父の体験を話しました。
余談ですが父はすごい体験をしているのに。その体験を全て。
「脳が勝手に見せた映像で幻覚に過ぎない」
と断言するつわものです。
そんな父の体験談を話していよいよ最後の百話目の蝋燭ならぬライターの火を灯そうとした時です。
ライターの火がつかないのです。「あれ?」と思いましたが用意したライター全てがガス切れで残りの最後もガスが切れたのでしょう。暗闇の中で数秒してから勘違いに気付きました。自分で99話だと思って話したのが100話目だったのです。次の話が怖くも無い不思議系の話でお茶を濁すつもりだったので丁度良いかと思い何が起こるか様子をうかがってみました。
 10秒程でしょうか様子が何か変である事に気が付きました。自分以外の参加者の声はおろか息吹も感じられないのと教室にいる人数が多すぎる事です。ライターの火が消えて最初は暗闇でしたが窓から入る街灯の明かりでだんだんと見えてきました。見えたものには「!」と真っ先に感じたのが戦時中に防空頭巾をかぶってる人物らしき人が立っていた事です。他にも鎧武者、軍服をつけた男性、髪が垂れていて顔が見えない女性らしきもの、子供、手や足だけのものなど参加者より圧倒的多数のもののけが教室に立っているのが見えたのです。
 この学校が戦前は陸軍砲兵隊の基地だった由来を思い出し、
「百物語で呼んでしまったか?」
と臆病風に吹かれ始めていると何かが私の顔めがけて飛んできました。私は条件反射で150cm程の高さを浮いている何かを持ち前の柔らかい体が条件反射で動き。テコンドーみたく足を高くあげて蹴りました。当たった感触は無かったのですが、飛んできた何かが転がり落ちました。
見下ろすと男性の生首でした。
生首と目が合った瞬間に生首が微笑みかけてきたので私も恐怖を感じ、参加者に訴えるように呼びかけました。返事は一つもありません。参加者は眠ってると言うよりは死人のように身動きひとつしません。
私は殴ってでも起こそうとしますがぐったりしたままで、恐怖に怯え後ずさりすると数十体のもののけもこちらににじり寄ってきます。遂には追い詰められるように黒板に背中をくっつける様に立ち怯えていると黒板からドンドンと激しく叩く音に気を失いそうなほど驚きました。
 

目玉。

 投稿者:つねひさ  投稿日:2005年 1月15日(土)15時06分14秒
  ★正月そうそうに起こった家での体験談★
一月五日・夕方頃・家の廊下にて  題名『目玉』
怖くもナントもないかもしれないけれど、夕方頃僕が何かの用事で廊下を歩いていたんです。
けっこうスピードをつけながら歩いているとキラット光るモノがある。あれ?なんだろう?近くまで行ってよく目を凝らしてみると・・・(僕は目悪い)
なんとそれは目玉!!また、目玉だけならよかったけれど目玉には目の奥にある筋肉筋みたいなものがついていた!(イーヤーアアア)
後、数分後あまりにも気色悪かったので目玉は捨ててしまいました。(汗)
いったい誰の目玉だったのだろうか?
 

遅ればせながら初めまして

 投稿者:am  投稿日:2005年 1月15日(土)06時52分11秒
   ちゃんじーるさんレスありがとうございます。
 ちなみに、この話をこのようなテキストにして読まれた方、私が直接口頭で聞いた人には怖い印象があるのかも知れないのですが。
 体験した私自身は、
「え?何?」
「不思議だなあ」
「意味不明だ訳がわからない」
としか思っておらず。怖いとは感じなかったんですよ。仏壇を観察したときも。
 ただ、あの体験でH君から私が良く使う言葉で、
「さりげない狂気」
とも言うべき、怖いのとは別な何かを感じはしました。
 

はじめまして

 投稿者:ちゃんじーる  投稿日:2005年 1月14日(金)21時28分29秒
  amさん、ちゃんじーるといいます。
恐いですねこの話!
 

仏壇

 投稿者:am  投稿日:2005年 1月14日(金)01時48分50秒
   今回書く話は未だに現在進行形かも知れない話です。
 私が会社を辞めて収入が無かった頃、その頃友人になったコンビニ店員のH君から賞味期限の過ぎた弁当を貰い。なんとか生活してました。
 そのH君がある時、幽霊に遭遇したと言うんです。
 H君が言うにはナンパして捕まえた女の子とラブホテルでHしたら体が繋がったまま(H君が下で彼女が上だったと言う)ベットから浮き上がり天井に近づいたかと思ったところで意識を失い、気が付くと一人で寝ていたと言うのだった。
 それ以来体がだるいと言うH君に対して、私はその話を聞いて睡眠薬飲まされたのだろうと考えたのだが、H君は何も飲まなかったと言うので。私がそれは記憶の欠落で何処かで飲まされたんだと強く言ってしまったので下らない喧嘩になってしまい。それ以来数年間会わなくなったのだが。今年の6月から何と無く以前のH君の話しが気になってきたので電話をしてみたが、H君の電話番号は使われていなかった。
 私はH君がまた電話料金の支払いを滞納してるのだろうと思い。今度は郵便で送ってみたが数日後に送り返されてきた。どうやら住所も変わってしまったらしい。H君は以前教師になりたいと話してたので、受験に合格して寮にでも引っ越したのかも知れないと思ったが、私はそれでも彼に会ってもっと詳しく聞きたかったので。彼が行き帰りに必ず通うK線のM駅に度々通い、I線乗換えホームでアイスのシュークリーム売り場で彼と会わないかと何度もそこに行ったのだが。ある日、チョコ味のシュークリームを買っていたところ奇跡的にH君を見つけた。
 M駅でH君と出会った私は積もる話でもしようともちかけ、今まで彼におごってもらっていたので。今度は私がフランチャイズチェーン店で軽い食事と飲み物をおごり、彼からあの時の話しを詳しく聞きこんでみた。
 H君は口数が少ない男だったのだが、その時のH君は多弁でまとまりが無く、支離滅裂だった。それと気になったのが、彼はカレーでも甘口しか食べられないくらい辛いのが苦手だったのだが。チリソースをたくさんかけていた事だった。数年で食の好みが変わる事もあるかも知れないが。何かおかしかった。
 そうやって、支離滅裂な話からなんとか取り出した話をまとめると。彼が出会った女性はショートヘアーで今時の女の子だったが死後の世界や霊魂の話をする変な女性だったと言う事だった。
 軽食を済ませた後。私は彼の部屋にもお邪魔したいというと。また、言う事が支離滅裂だったが。とにかく連れていってもらった。
 着いた先は私が郵送を送り返された住所だった。狐につまされた思いをしたが、中へ入ると私が昔見たキティちゃんだらけの部屋(H君は男です)を連想したが。7畳の部屋の真中には仏壇が置かれていた。
 部屋に仏壇があることに関しては新興宗教にどっぷり漬かり部屋に仏壇置いてる人がいるので驚かなかったのだが。仏壇が変なんですね。
 部屋に置かれた仏壇は地中から掘り起こしたかのように土臭いというかカビ臭く、黒い漆が所々剥げ落ちていた。
 この仏壇についてH君に聞いてみたのだが、またもや支離滅裂で。彼が話した中でまとまっている部分を取り出すと。
「以前話したあの女性がこれ(仏壇)があると毎日やってくるんだ」
との事だった。
 どうやら彼は妄想にとりつかれたのではないかと私は考えた。彼は自殺未遂の経験があるし、他にも以前の会話の中に精神的に歪んだ部分が垣間見えていたので。精神科にでも連れて行った方がいいと思いH君にも提案したのだが。ますます話しにならず。結局私はさじを投げるように帰って行った。
 その後も、K君は親友だった事もあったので、心配になりまた、彼の住んでいたアパートに向かったのだが、誰もいなく。返事が無いのでアパートの裏側にある大家の家に足を運び聞いてみると、H君は1〜2年前に引っ越したと言うのです。
 そうなると、数日前にみた彼の部屋は何だったのだろうか?ひょっとして、私は会えないはずの人間に会っていたのだろうか?疑問が頭をよぎる。
 貯めたお金で探偵事務所か興信所にでも追跡調査を頼もうとしたが。もし、彼が見つかって会えたとしても私が何かしてやれるのだろうかと思うと、多分何もしてあげられないと思うので未だに調査依頼するかはためらっている。
 H君は東北の実家に帰ったのか、それとも教師になるため大学受験に合格して大学寮にでも住んでるのかどうなのか疑問は未解決のまま。

 

この場を借りて

 投稿者:つねひさ  投稿日:2005年 1月 6日(木)13時01分54秒
  Nakamura様 あけましておめでとうございます(遅)!!
今年も(濃いい噺しか持ってない僕ですが)なにかいろいろ妖しい噺をかきこしていきます!
こんな僕でもよろしくです〜。
 

あけましておめでとうございます!

 投稿者:Funky★Nakamura  投稿日:2005年 1月 1日(土)00時06分45秒
  今年も変わらずご愛顧のほど、よろしくお願い申しあげます!

2005年元旦
 

タモリのはなし

 投稿者:ちゃんじーる  投稿日:2004年12月28日(火)01時42分38秒
  男が青山で金髪美人をナンパした。言動がおかしいが気にしてなかった。
行きつけのバーで一緒に酒を飲んでると店員がこちらを見てヒソヒソ話をしている。
感じ悪いので店を出てまっすぐ自宅にお持ち帰り。女が先にシャワーを浴び始めた
のだが、中からうめき声が聞こえる。中を覗くと女が服を着たままうめきながら
シャワーを浴びていた。なぜか足元は泥水となっている。
男は気味が悪くなり急用が入ったと言って女を追い出した。

後日行きつけのバーに行くと
バーテン「お客さん、あの後 何もありませんでしたか?」
男「何で?」
バーテン「うちのコがお連れの女の方が鏡に映らないって騒いでたものですから・・・」
 

なんだか・・・

 投稿者:Funky★Nakamura  投稿日:2004年12月21日(火)11時44分1秒
  カウンターを設置した途端、「重くなった!」とのクレームが出始めましたので引っ込めますた。
あしからず。
 

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